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zoom RSS 次女猫『さんご』逝く。

<<   作成日時 : 2015/10/29 20:07   >>

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本日、我が家の次女『さんご』が生涯を終えた。

享年17歳半。

  

最初の出会いは病院だった…らしい。

既に3匹になっていたが、その溢れる子猫パワーで奥さんを落とし、

我が家にやって来た。

鉢割れ柄の白黒。片親はペルシャの純血種だったらしい。

体毛が長めで柔らかく、とても手触りの良い猫だった。

長女こはくに負けず劣らず臆病だったが、さんごは身の隠し方が絶妙だった。

見知らぬ人が来た時は、机の裏10cmの隙間や、出窓の端のカーテンの裏、

キャスター付き戸棚の下10cmの隙間等、絶対にバレないだろう場所に身を隠し、

後で必死で探すはめに何度もあった。

甘えん坊ではあったが他の子より遠慮がちで、静かに傍に寄り添っている

事が多かった。一緒のイスに座ってる事が一番多い子だった。

  

腎臓に異常が見つかったのは2年前。

エコー検査で腎臓内部にいくつもの塊が映し出された。

それによって腎臓が凸凹になるほど。

それは腎臓内の管が閉塞し、液体が埋まった嚢包だった。

病名は『多発性腎嚢包症』。

ペルシャに多い病気らしく、遺伝性疾患に間違いない。

治療法は移植以外に無く、そもそも年齢的に手術も無理。不治の病だった。

その日から食欲を無くし、痩せ細っていくのを見守る以外に出来る事は無い。

だがその後、末娘くるみの急逝と同時にさんごは体力を取り戻した。

まるでくるみがさんごの不調を一緒に天に持って行ってくれた様に。

我々はくるみが残りの生涯をさんごに託したんだと思った。

同じ白黒メス同士。

仲が良いわけじゃなかったけど、ずっと一緒に暮らして来た。

それからおよそ1年。ついにその腎臓が悲鳴を上げた。

  

病院に行った時は既に出来る事は延命しかなく、帰って来る時は最後の時。

そして今日、連れて帰る決心をし、帰りの間酸素を入れ続けながら移動。

だがその5〜10分の時間が、さんごの体にとっては酷な変化だった。

帰り着いた時、呼吸が止まった。

急いで酸素吸入をして一旦呼吸を取り戻したが、その呼吸もどんどん

激しく苦しくなっていった。

そして帰宅30分後、さんごはゆっくり呼吸を止めた。

最後に何度か深呼吸の様に息をして、静かになった。

  


2015年10月29日午後3時21分。さんご永眠。


最後は慣れ親しんだ我が家で逝けた事は救いだった。

病院にあのままいればもう少し長く生きていたかもしれない。

でもそれはさんごにとって幸せな延命なのか…そう思って帰宅を決断した。

帰る最中に亡くなる可能性も高いと言われていた。そして実際それに近かった。

だがさんごが気に入っていた場所に落ち着かせ、そこで最後をで迎えられた事、

きっと『悪くなかった』と思ってくれてると思う。

いや思いたい。


いつも我々の上着等に乗っかって座るのが好きで、服の温め役であることから

『藤吉』と呼ばれていたさんご。


これからは空の雲を服代わりに乗って、くるみとこはくの所へ向かって下さい。

長い間本当にありがとう。お疲れ様でした。


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